2007年05月08日
ロズウェル事件
ケネス・アーノルド事件の直後に起きた、いわゆる「ロズウェル事件」は極めて有名であり、複数のフィクションにおいて何度も題材にされているほどである(ロズウェル - 星の恋人たちなど)。これは、アメリカ・ニューメキシコ州のロズウェル近郊に「UFOが墜落し、その残骸が軍によって回収され秘匿されている」というものである。
1947年6月14日、ニューメキシコ州ロズウェル近郊にある牧場で、マック・ブレーゼルは牧場内に散乱した金属片を発見した。7月に入ってブレーゼルと彼の家族は金属片を集め、保安官のジョージ・ウィルコックスに通報。ウィルコックスはロズウェル空軍基地に連絡した。7月7日の午後、基地からやってきた2人とブレーゼルは残りの破片を捜してゴムや金属箔を見つけたのち、元の形を復元しようとした(が、上手くはいかなかった)。翌朝、破片は基地へ持ち帰られた。
7月8日、ロズウェル基地付け報道官のウオルター・ハウト陸軍中尉が「陸軍航空隊がロズウェル近郊の牧場に墜落した空飛ぶ円盤(flying disc)を回収した」と発表し、マスコミの注目を浴びた。しかし同日中にロジャー・M・レーミー空軍准将が「発見された空飛ぶ円盤は軍が使用している気象観測用の気球だった」と訂正を行った。後に行われた発表では残骸も公表されて、事件はすぐに忘れ去られた。それから30年以上、UFO研究家も含めて誰も関心を持つことは無かった。
しかし1978年になって、破片回収を行った軍人ジェシー・マーセルに対してUFO研究家がインタビューを行った際、マーセルはこの事件を軍による隠蔽とする意見を表明した。この話題はUFO愛好家の間で関心を持たれるようになり、1980年にはタブロイド紙「ナショナル・エンクワイアラー」がマーセルへのインタビューを載せたことで、広く世間で知られるようになった。
「ロズウェル事件」が有名になると、既に30年以上経過していたにも関わらず、軍の圧力があったとする証言や「政府の秘密文書」などが多数表れるようになった。「ロズウェル事件の際に回収した異星人の解剖フィルム」なるものまでが現れている(さすがにこれは余りにもいかがわしいもので、ほとんど信用されていない)。
1997年には、アメリカ政府より正式報告書「ロズウェル・リポート」が改めて発行された。この報告書では「当時墜落したのは実は秘密実験に使用されていた気球で、後に発見された異星人の死体と言われるものは高度での人体への影響を調べるための観測用ダミーである」としている。
政府見解を信じない人々の全てがエイリアンクラフト説というわけではなく、他にも様々な説が唱えられている。その1つとして、1940年代から開発されてきた電磁力推進方式の円盤型航空機をアメリカ軍が改良・製造する過程で、飛行試験中の機体が墜落したのではないかという説もある。この説は異星人などの存在を必要としないが、電磁力推進方式の航空円盤が実際に高空を飛ぶほど開発が進まなかったため、あまり信じられていない。
なお、この事件で有名になったロズウェルは、その後もUFO目当てに世界中から訪れる観光客が後を立たず、現在は町の中心地にUFO博物館が建設され、町のところどころでUFOや宇宙人を模った土産物が売られるなど、まさにUFOがこの町にとっての町おこしの道具になっている。同じようなことは、ロズウェル事件で回収されたUFOが秘密裏に運ばれ修理されたといわれるネバダ州の砂漠地帯にある空軍基地、「エリア51」周辺でも起きている。
1947年6月14日、ニューメキシコ州ロズウェル近郊にある牧場で、マック・ブレーゼルは牧場内に散乱した金属片を発見した。7月に入ってブレーゼルと彼の家族は金属片を集め、保安官のジョージ・ウィルコックスに通報。ウィルコックスはロズウェル空軍基地に連絡した。7月7日の午後、基地からやってきた2人とブレーゼルは残りの破片を捜してゴムや金属箔を見つけたのち、元の形を復元しようとした(が、上手くはいかなかった)。翌朝、破片は基地へ持ち帰られた。
7月8日、ロズウェル基地付け報道官のウオルター・ハウト陸軍中尉が「陸軍航空隊がロズウェル近郊の牧場に墜落した空飛ぶ円盤(flying disc)を回収した」と発表し、マスコミの注目を浴びた。しかし同日中にロジャー・M・レーミー空軍准将が「発見された空飛ぶ円盤は軍が使用している気象観測用の気球だった」と訂正を行った。後に行われた発表では残骸も公表されて、事件はすぐに忘れ去られた。それから30年以上、UFO研究家も含めて誰も関心を持つことは無かった。
しかし1978年になって、破片回収を行った軍人ジェシー・マーセルに対してUFO研究家がインタビューを行った際、マーセルはこの事件を軍による隠蔽とする意見を表明した。この話題はUFO愛好家の間で関心を持たれるようになり、1980年にはタブロイド紙「ナショナル・エンクワイアラー」がマーセルへのインタビューを載せたことで、広く世間で知られるようになった。
「ロズウェル事件」が有名になると、既に30年以上経過していたにも関わらず、軍の圧力があったとする証言や「政府の秘密文書」などが多数表れるようになった。「ロズウェル事件の際に回収した異星人の解剖フィルム」なるものまでが現れている(さすがにこれは余りにもいかがわしいもので、ほとんど信用されていない)。
1997年には、アメリカ政府より正式報告書「ロズウェル・リポート」が改めて発行された。この報告書では「当時墜落したのは実は秘密実験に使用されていた気球で、後に発見された異星人の死体と言われるものは高度での人体への影響を調べるための観測用ダミーである」としている。
政府見解を信じない人々の全てがエイリアンクラフト説というわけではなく、他にも様々な説が唱えられている。その1つとして、1940年代から開発されてきた電磁力推進方式の円盤型航空機をアメリカ軍が改良・製造する過程で、飛行試験中の機体が墜落したのではないかという説もある。この説は異星人などの存在を必要としないが、電磁力推進方式の航空円盤が実際に高空を飛ぶほど開発が進まなかったため、あまり信じられていない。
なお、この事件で有名になったロズウェルは、その後もUFO目当てに世界中から訪れる観光客が後を立たず、現在は町の中心地にUFO博物館が建設され、町のところどころでUFOや宇宙人を模った土産物が売られるなど、まさにUFOがこの町にとっての町おこしの道具になっている。同じようなことは、ロズウェル事件で回収されたUFOが秘密裏に運ばれ修理されたといわれるネバダ州の砂漠地帯にある空軍基地、「エリア51」周辺でも起きている。