旨いトンカツ屋

ドケット

2008年08月15日 15:21

ある青年が、K県に行った時のこと。



空腹になったので、一軒のトンカツ屋に入った。



夫婦者でやっているらしい、小さく古びた店だった。



奥の座敷は住まいになっているようで、子供がテレビを見ている姿がチラリと見える。



夫も妻も、無愛想で心持顔色が悪い。他に客はいなかった。



しかしここのトンカツ、食ってみるとものすごく旨い。



あっという間平らげ、青年は満足した。



会計を済ませ、帰り際。店主が『来年も、またどうぞ』と。



変わった挨拶もあるものだ、と青年は思ったが、トンカツは本当に旨かったので、また機会があったら是非立ち寄ろう、と思い、店を後にした。




それから一年…再びK県に赴いた青年は、あのトンカツ屋に行ってみることにした。



しかし、探せども探せども店は見つからない。



おかしい…住所は合ってるし、近隣の風景はそのままだし。



まさかこの一年で潰れた…とか?いやあんなに旨い店なのに。



仕方がないので、住民に聞くことにした。



するとあの老人が、「ああ、あの店ね。あそこは11年前に火事で全焼してね。家族3人だったけど、皆焼け死んでしまって…」



そんな…青年があの店に入ったのは去年のことだ。



戸惑う青年をよそに、老人は続けた。



「毎年、火事で店が全焼した日、つまり家族の命日にだけ、その店が開店する…って話がある。入った客も何人かいるようだが…。あんた、去年入ったの?」



『来年も、またどうぞ』帰り際の店主のあの変わった挨拶。



あれはつまり、来年の命日にもまた店に来いと、そういうことだったのだろうか…。



恐慌をきたしながらも青年は、家族の命日だけは確認した。



案の定、去年青年が店に入った、その日だった…。



……その話を青年から聞いた友人は、「そんなバカなことあるかよ。お前ホントにトンカツ食ったの?」と。



青年は答えた。



「本当に食った!あんな旨いトンカツ初めてだったし、それに子供が奥の部屋で見てたテレビ番組、ルパン三世の曲だってことも憶えてる」



しかし青年は、しばらく考え込んでから呟いた。










「そう言えば、子供の首が無かった気がする…」




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